日本では難しい芸術
こんにちは、トミです![]()
みなさんお盆はいかがお過ごしでしたか?
私は読書にゲームという超インドアな連休を過ごしていました。
いえ、それはそれでちゃんとリフレッシュされてますので、ご心配なく![]()
さて、そんなインドアな連休中に最新刊の「のだめカンタービレ(21)」を読みながらふと思ったことを書こうと思います。
「のだめカンタービレ(21)」と言えば、みなさんもご存知の通り「クラシック」。
また、以前自分のブログでも紹介した「プライド」は「オペラ」を題材にしています。
そしてどちらも主人公たちは日本人ですが、途中から海外に出てしまっています。
もちろん本場での勉強は必要でしょうが、ではもしマンガの登場人物たちが現実に存在したとして、海外で「勉強」を終えたとして、果たして日本に帰ってくるでしょうか?
おそらく「海外で成功」しない限りは帰ってこない。
もしくは「あきらめて帰国」しかないでしょう。
何故なら、海外で成功しない限り、
「日本では食べていけない」
から。ではどうして日本では食べていけないのでしょうか?
ひとつに、日本人の「芸術」と「お金」を結びつけるのを嫌がる性質(風習?)が挙げられると思います。
確かに「芸術」と「お金」を結びつけるのは、私も少々無粋な気がしますが、それでは現実的に食べていくことは出来ないですよね。
私は高校の時から演劇に関わっていましたが、四国にプロの劇団(人形劇や子供劇団、親族のみの劇団など、特殊なものは除いて)は存在しません。
また、私の知る限り「プロの劇団を作ろう」とする動きもありませんでした。
もちろん「振興」の動きは活発で、それぞれの県に演劇協会があり、いくつかの大きな舞台はしていますよ。(ちなみにアマの劇団は「自分でお金を払って」演ってます。私が最後に居た劇団は月3千円でした。
)
そういえば、香川には以前「劇団786 桂こけ枝一座」というFM香川が主催する劇団がありました。
私は「香川ではこの劇団が一番おもしろい!」と思っていたんですが、それがローカルTVで放送されるということはありませんでした(ラジオや雑誌で宣伝はありましたが)。
今思えば、コネがあるはずの地方放送局とさえ協力体制が無かったのだと残念に思います。
ビジネスとして成り立てば、存続していたかもしれないのに!
おそらくこれは四国独自ではなく、日本の芸術に対するビジネス的な遅れ、なのだと思います。
とてもいい「劇場」を作っても、もともと「目的」がないので結局赤字、みたいな。
おそらくこんなこと、海外じゃ有り得ないんじゃないでしょうか![]()
しかし、こういう体質は日本の特徴であって、変えられないものなんでしょうか?
それともいつか、将来的に変わってくるんでしょうか?
みなさんはどう思われますか?
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