21世紀型のインフレ
6月30日付け日経朝刊トップに現在の日本経済の全景をうまくまとめたコラムがありましたので転載いたします。
弱る景気、資源高が重し、企業収益・消費に打撃――米経済低迷、市場も動揺。
景気の足取りが弱まっている。歯止めのかからない資源価格の高騰に直面し、収益悪化を恐れる企業は設備投資を控え始め、家計も節約志向から消費を抑え気 味にしている。米景気の先行き不安が再燃し、新興国経済には変調の兆しも浮上。景気が仮に後退局面に入っても深い落ち込みにはならないとの見方が多いもの の、戦後最長の景気がとぎれかねない瀬戸際にある。
21世紀型のインフレに世界的なインフレ圧力が企業や家計を様々なところで圧迫している。▼ 輸入小麦の三割値上げが香川県内九百強の讃岐うどん店を直撃した。多くの店は昨秋に一杯十―五十円値上げしたばかりで、追加値上げは難しい。国産を使えば コストを二割下げられるが、豪州やカナダ産ほどのコシが出ない。麦価は十月にも再値上げが見込まれ、持久戦は厳しさを増す。
▼住友金属鉱山は今年度の銅地金の生産量を前年度比で一割減らす。電線などに使う銅の争奪戦が激化、世界需要は年五%ペースで増えているのに鉱山開発は遅れがち。鉱石の価格が上がる一方で純度は落ちており、減産の決め手になった。
いま世界経済を覆っている物価高は、モノの値段や賃金全般が持続的に上がる旧来型のインフレーションと様相を異にする二十一世紀型だ。工業製品よりもエネ ルギーや農産品の高騰が突出している点で「“エネフレーション”“アグフレーション”といえる」(日銀の門間一夫調査統計局長)。
国際通貨基金 (IMF)によると、五月末の一次産品価格は二〇〇五年の二倍に急騰したのに、最終製品を含めた〇八年の世界の消費者物価上昇率は五%前後にとどまる見通 し。企業はコストを下げるか、価格に転嫁するか二者択一を迫られるものの、製品値上げはすんなりといかない。
新日本製鉄など鉄鋼大手は英豪資源 大手リオ・ティントと進めていた〇八年度の鉄鉱石の価格交渉で、最大約二倍の値上げを受け入れる方針を固めた。各社は年内にも造船大手などに異例の鋼材の 追加値上げを要請しそうだ。資源高の進行で企業同士の値上げ交渉はますます厳しくなる。
インフレ圧力は米景気急減速で下振れしつつある世界経済 をさらに下押しするリスクをはらむ。世界経済は〇〇年以降、新興国が引っ張る形で順調に成長してきたが、成長よりもインフレ退治を意識して政策金利を引き 上げる新興国が目立つ。所得水準の低い途上国の方が、食料品などの高騰が庶民生活を直撃する度合いが大きいからだ。
物価上昇率が年一一%と十三 年ぶりの高さになったインドでは、中央銀行が一年三カ月ぶりの利上げをした後、二十四日に異例の再利上げに踏み切った。総選挙を控えるマンモハン・シン政 権は三年続いた九%台の成長を犠牲にしてでもインフレを抑える構え。「低所得層は成長を実感しておらず、政治的には物価高の方が打撃」(国立応用経済研究 所のラジェシュ・チャダ氏)だからで、株価も下落。成長鈍化は避けられそうにない。
新興国過熱
変調の兆し
新興国全体はなお堅調 でも、中東やブラジルなど資源の豊富な国と中国やインドの間で勢いに違いが出始めている。しかも、落ち着くかにみえた米経済に「落ち込みは軽く済まず長期 化する」という不安が再燃してきた。住宅価格が下げ止まらず、金融機関も損失拡大と資本不足の悪循環から抜け出せないためだ。
先週の米国市場で は自動車大手ゼネラル・モーターズ(GM)、シティグループを「売り」とした証券大手ゴールドマン・サックスの投資判断をきっかけに株安・ドル安が進ん だ。星条旗を背負うといわれたGMと、最大手米銀の業績への悲観論は「原油高とインフレが実体経済にさらに打撃を加える」との懸念を招き、市場を揺さぶ る。
三菱化学は建設資材などに使う塩化ビニール樹脂の新興国向け輸出を五月末で停止した。物流コストの上昇や円高で採算が悪化したためだ。合繊 原料も米の衣料品販売の不調で中国の流通在庫が積み上がったため、内外四拠点で一斉減産に踏み切った。米国向け輸出は低調でも新興国向けは全般に好調だっ たが、変調の兆しが出始めた。
日本にとって資源高は加工貿易に依存する面でも打撃だ。海外で税金をとられるように多額の所得が資源国に移転する からだ。所得流出(交易損失)は先進国中最悪で一―三月期は国内総生産(GDP、年換算)の四・五%分の二十六兆円と米国(〇・八%)、ユーロ圏(〇・四 %)を上回る。
交易条件の悪化は企業収益を圧迫する。上場企業全体の〇九年三月期決算は七期ぶりの減益の見込み。〇四年からの増勢に一服感が出始めた設備投資に、さらにブレーキがかかる可能性がある。
森永製菓は群馬県高崎市に建設予定だった新工場の着工を〇九年度以降に延期する。原材料高や値上げの影響で計画を修正。チョコレートからゼリー飲料まで扱う最大の生産拠点になるはずだった工場の稼働が、少なくとも一年以上遅れる。
外需が引っ張る成長シナリオが揺らぎ、内需の柱の設備投資まで下振れすれば、頼みの綱は個人消費しかなくなる。しかし家計を取り巻く環境は厳しい。目立つのは欲しいモノだけ買う選別消費と、支出額そのものを抑える生活防衛色だ。年末にかけ
回復の見方
北海道のパン大手、日糧製パンが思わぬ追い風に乗っている。値上げにもかかわらず、コンビニエンスストアを中心に売上高は二ケタ増の勢い。「昼食代を節約 しようと菓子パンで済ます人が増えている」。雑貨店のロフトでは弁当箱の販売個数が前年に比べ約二割増。節約意識が広がる。
内閣府は四月の景気動向指数をもとに、景気が後退に転じた可能性がある「局面変化」を迎えたとの判断を示した。景気の「山」「谷」の認定には一年以上かかるとはいえ、〇六年十一月に「いざなぎ景気」を超えた最長景気が岐路を迎えているのは間違いない。ただ民間調査機関は四―六月期のGDPこそゼロ近辺かマイナス成長を予想するものの、年末にかけ再び回復に向かうシナリオを描くエコノミストが多い。野村証券金融経済研究所の木内登英氏は「当面は低調でも十―十二月期あたりから緩やかに持ち直す」とみる。
その理由の一つは企業の体質改善だ。バブルの後遺症から脱する間に過剰な設備や雇用、債務を削減。上場企業の有利子負債依存度(総資産比)は三割を切り、金利上昇への抵抗力も増した。
問題はこうした企業の自律回復の芽を育てられるかどうかだが、政治や行政が足を引っ張る場面が目立つ。通常国会では衆参で与野党の勢力がねじれ、重要法案 の審議が停滞した。後期高齢者医療をめぐる混乱は消費の支え手である高齢者の不安を増幅した。政策不信が続けば景気にさらに暗い影を落としかねない。
(景気動向研究班)
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